2005年9月
鹿港、たそがれの町で


平日の朝、私は台湾の鹿港にある龍山寺を訪れた。静まり返った廟の境内に、竹ぼうきを動かす音が聞こえる。境内にいるのは拝観者が5~6人、あとはこの廟の管理人らしき女性がいるだけ。拝観者を気にするわけでもなく、管理人の竹ぼうきの音だけが、ずっと規則正しいリズムで聞こえていた。

龍山寺が鹿港に建てられたのは、今から200年以上も前のこと。大陸にある西安の都を模して造られたといわれ、台湾では珍しい様式を持つ廟らしい。野球が出来るくらいのグランドほどもある大きな廟は、台湾有数の歴史と貴重な建造美を持っている。

「なんだか観光客らしいなぁ…」と、私には珍しくそんな思いで歩きながら、ゆっくり鹿港の龍山寺を見渡した。宗教画が描かれた壁の1つ1つに刻まれた傷や、色あせた屋根の装飾、木目があらわになった柱などから、なにか歴史の重みというか、古さよりも味わい深さの方が、ぐっと強く伝わってくる。廟の境内は静かで、まるで時間がゆっくり流れているようだった。

西側の山門をくぐったところに、犬が地面に伏せていた。私がすぐ目の前を通っても全然動じない。時折、首をこちらに向け、なんとなく視線を投げかけるけれど、すぐに元の位置に顔が戻っている。この犬も、ゆっくりと大きな時間の流れの中にいるのかな。

鹿港は全体が長い歴史を留めている。大都市の台北や、古都といわれる台南に比べると、ごく普通の地方都市だけど、路地に一歩入ってみると、様相は一変してレトロな赤レンガ色に包まれる。今から200年くらい前、鹿港は台北や台南と並ぶ台湾の中心地だったという。貿易港であったこの町は、大陸との交易で栄え、街の通りは商家や店が埋め尽くしていたそうだ。鹿港では今も当時の面影を伝えるレンガ造りの家並みが脈々と受け継がれて残っていた。

路地は、人がすれ違うのがやっとの幅しかないところもある。その狭い路地をバイクが1台、また1台と、私の横を通り過ぎて去って行く。台湾というところはいつもそうだ。路地は日常の生活道路であることを思い知らされる。

私の横をバイクが通り過ぎたあと、ふと後ろを振り返えると、龍山寺に伏せていた犬が、私から5mくらい離れたところにいた。ちょっとだけ私の方を見上げたが、すぐに地面の臭いを嗅ぎまわる仕草を始める。こちらの様子を伺うためか、時々、上目でちらっと視線を投げかける。私は気にせずそのまま路地を歩いて行った。

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