1998年5月
韓国・全州の朝


ソウルの空港から高速バスで全州を目指す。
 私とおじいさんが乗る全州へ向かうバスは、空港を出た後の最初の停留所で乗客を待っている間、バスチケットを運転手が車内で直接販売してその場で改札。片券を渡してくれる。私たちの向こう側で、ある乗客と運転手が何か口論をしている。「どうしたのだろう?」と思って私が様子をうかがっていると、おじいさんは、「韓国は今、IMFのこんな時代だから、バスのチケット代も満足に払えないのだよ」と教えてくれ、だいたいの口論の内容を把握する。

1998年の今年、韓国はIMF(国際通貨基金)に支援依頼することになった。1997年のタイバーツ下落に端を発したアジア通貨危機で、外貨準備高が底を尽いた韓国経済は大混乱。日本国内の報道でも、シャッターが閉まった銀行の前で、預金者がお金を引き出すことができなくなった映像が飛び込んできたり、大企業が次々と破たんに追い込まれたニュースが流れていた。バスの中でお客さんと運転手が口論している様子を見て、そんな時代の韓国に旅行へ来てしまったことを少し後悔。複雑な気分を味わった。

バスはソウル市内から高速道路へ入り、途中休憩で15分ほどサービスエリアで止まるだけ。道路が混み合っていたせいか、空港出発から5時間近くかかって全州へ到着。おじいさんはご実家の息子さんに電話を入れて、車での迎えを頼む。その間、2人で食堂へ入る。夕飯を食べながら、今度は「一緒に家へ泊まろう」と、おじいさんは言ってきた。

ここでお別れして、全州で安宿を探そうと思っていた私は、また即答を避けて少し考える。おじいさんは、「じゃ、家を見て決めるといい」と言い、私はそのまま返す言葉が見当たらず、仕方なく付いて行くことになった。

おじいさんの全州の家へ到着。錆びた鉄扉の門が開いて居間へ招き入れられる。部屋はオンドル部屋なのだろうか、床はビニルクロスのようなものが貼られている。そこに婚礼家具なのかな?と思われるクローゼットや鏡台が置かれている。床に座り込んで家屋をのんびり眺めていると、奥の部屋でおじいさんが、息子さんとその奥さんの3人で何か話をしている。奥さんは少々困ったような表情をしている。

当たり前だと思った。おじいさんが見ず知らずの人を、しかも「外国人」をいきなり連れて帰って来たのだから。おじいさんは「家を見てから決めればいい」とは言ったけど、あの時点で私を泊めるつもりだったのだろうな。でも家族は……。なんだかそわそわしてきた私。一体、何を話しているのだろう? どこかで遠慮しなくちゃとは考えてはいたけれど、なかなかタイミングがつかめない。でも、おじいさんと一緒に家へ来たばかりで、「ここで失礼します」と言っても、第一、ここが全州のどこなのかさえわからない。バスを降りたところから車で30分くらい走った田園がある郊外としか……。

ここに来てようやく、いつまでも判断を先送りしてきた自分自身のマズさに、ちょっと嫌気がさしてきた。

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