2009年7月 中世が薫る美しき中欧・ポーランド12日間
ワルシャワとクラクフに滞在して、市内観光&日帰り小旅行に出かけた日々


ポーランドはヨーロッパの中央に位置し、西はドイツ、東はリトアニアとベラルーシとウクライナ、南はチェコとスロヴァキア、北はロシア(ロシア飛び地のカリーニングラード)と国境を分けています。国の面積は日本の約5分の4の大きさで、その大部分はなだらかな平原です。ポーランドは豊かな歴史を持つ国で、中世の面影を色濃く残す国の1つです。

はじめ、ポーランドのイメージは、どうしても暗いものばかりでした。東欧、旧共産圏、そしてアウシュヴィッツ強制収容所──。どこか遠さを感じる国ですが、それでも「いつかは訪れよう」と思っていたのです。

第2次世界大戦からの復興を果たした
中世ヨーロッパの雰囲気が漂う美しいワルシャワ

日本からの直行便がないポーランド。今回の私はまず飛行機で一気にロンドンまで飛び、そこから別の飛行機を乗り継いで、首都ワルシャワから入国しました。

ワルシャワは第2次世界大戦で、建物のほとんどが破壊されたところです。戦後、跡形もなく徹底的に壊された首都を前に、ポーランドの人々は、被害が少なかったほかの都市に移る(首都を移す)選択ではなく、かといって、これからの新しい都市として「再起する」道でもなく、今まで自分たちが育んできた時間と暮らしが刻まれた戦前の姿を「取り戻す」道を選びました。

なんだか、日本とは違いますよねー。「薄っぺらさ」を感じないといいますか。。。
 日本より1年早く終戦を迎え、同じく戦後60年以上経ってますけど、それら「遺産」に対して、年月がうまく作用している都市のように思えたなぁ。>ワルシャワ

中世ヨーロッパの町並みがそのまま残る古都・クラクフから
アウシュヴィッツ、ヴィエリチカ、チェンストホヴァ、ザコパネヘ!

ポーランド南部に位置するクラクフは、日本の「京都」にあたる都市であり、西欧先進国が近代化で失っていった「中世のヨーロッパ」がそのまま残っています。

かつてポーランド王国の王都だったクラクフは、オーストリアのウィーンと双璧をなした中世ヨーロッパ最大の文化都市であり、ポーランド文化の発信地でした。

歴代国王の居城だったヴァヴェル城、ゴシック様式の木彫祭壇を持つ聖マリア教会、ヨーロッパ最大の中央広場、ユダヤ文化の遺産が数多く残るカジミェシュ地区の史跡、クラクフ市内で36ある博物館、小粋なカフェ、カラフルな花がきれいな屋台などを見て歩き、首都ワルシャワとは違った「クラクフ流」ともいうべき文化とアイデンティティを感じることができました。

今回はクラクフを拠点として、ナチス・ドイツの強制収容所が作られたオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)、ヨーロッパ最古の岩塩採掘坑があるヴィエリチカ、カトリックの聖地であるチェンストホヴァ、高原リゾート地のザコパネも訪れました。

夏のヨーロッパは日が長い(午後9時くらいまで明るい)ことを利用して、全部クラクフから日帰り旅行をしてみましたが、その結果、現地で滞在できる時間が少ない&忙しくて、ちと消化不良な旅になってしまったなーと(苦笑)。

クラクフから再びワルシャワへ
日帰りでバルト海に面した美しい港町・グダンスクも小旅行!

クラクフから再びワルシャワへ。今回のポーランド旅行で最後に選んだ観光地はバルト海に面した北部の港町グダンスクでした。

ポーランド最大の港湾都市グダンスクは、ドイツ騎士団、ハンザ同盟、自由都市「ダンツィヒ」、第二次世界大戦の勃発地、ポーランド「連帯」の発祥の地──と、千年以上の複雑かつドラマチックな歴史を抱える都です。

また、グダンスクはワルシャワの街と同様に、戦後に復元された街。第2次世界大戦によって市街地の90%以上が焦土と化し、戦後の市民による復興運動で町並みが再建。今までに訪れたワルシャワやクラクフの旧市街とは違う雰囲気のグダンスクは、「ポーランドで最も美しい町のひとつ」ともいわれています。

当初、グダンスクヘ出かけたい気持ちは、私の中で50%くらいでした。というのは、訪れてみたい場所ではあるけれど、今回の短い旅行日数で、自分の体力とお金を考えたときに、正直ちょっとキツイかなーと(笑)。←チキン野郎なのでwww

それなので、グダンスクへ出かけることは旅行中に考えて決めよう。体力的に不安だったり、旅の途中でお金が足りなくなったらあきらめよう。そんな心構えでいたのです。

結局、私をグダンスクヘ向かわせたものは、旅行中の経験の「積み重ね」でした。旅先でいろいろな出来事や人たちと出会い、いいことばかりではなく、良くないこともあったけれど、それらを旅行中にいくつか経験していくうちに、「もっとポーランドを見たい・知りたい」と思ったというか、なんというか。←うまく言えねー

旅行中に少しずつ「旅」に慣れてきて、ちょっとばかりの「自信」がついてきたから、グダンスクまで出かける気持ちになったのかな、たぶん(笑)。


※参考までに今回の旅程など

当日のおおまかな動き(旅程)
1
[昼]友人と一緒に成田空港からNH便でロンドンへ
[夕方]ロンドンからLO便に乗り継ぎして[夜]ワルシャワ入り
2
[午前]ワルシャワ中央駅→ヴェデル・カフェ
【チョコレートドリンクでまったり過ごす!】
新世界通り→聖十字架教会→ワルシャワ大学→旧市街&新市街→ワルシャワ蜂起記念碑→ゲットー英雄記念碑→再び新市街へ。
【昼食はバルでジュレクとパン!】
[午後]クラクフ郊外通りでバスに乗り→ワジェンキ公園を散策→バスとトラムを乗り継ぎ、再びワルシャワ新市街へ
【夕食はピエロギとグリル料理!】
帰りはバスに乗ってホテルへ戻る(ホテル前にバス停があって超便利♪)
3
[午前]バスで→ハラ・ミロフスカ・バザール→ノジェコフ・シナゴーグ→ワルシャワ蜂起博物館→ヴァリツフ通りのゲットーアパート&ゲットーの外壁跡を見学→バスに乗ってワルシャワ中心部へ
【昼食は再びジュレク(今度はin bread!)】
[午後]文化科学宮殿の展望台→ワルシャワ工科大学→ショッピングモールをぶらぶらw
【夕食は安心の(?)中華料理をチョイス!】
腹ごなしのため歩いてホテルへ(←超近い)
4
[午前]友人と別れ、ワルシャワ中央駅へ
[昼]IC(列車)でクラクフへ移動
[午後]クラクフ到着→歩きながら街の景色を堪能→宿へチェックイン
[夕方]クラクフのゲットー(ポドグジェ)地区→オスカー・シンドラーの工場→宿のまわりを散策&スーパーでお買い物
【夕食は質素にパンと飲み物だけ(笑)】
明日は遅刻厳禁のため、早めに就寝!
5
[朝]クラクフからバスで[午前]アウシュヴィッツ強制収容所見学へ
[夕方]クラクフに戻り、プレッツェルを買い食い→旧市街を散策
【夕食はテラス席で豚肉のコトレット!】
遅い夕暮れの街を眺めながら、テラス席でのんびり・まったり過ごす。。。
6
[朝]クラクフから列車で[午前]ヴィエリチカ岩塩採掘坑を観光
[昼]アイスクリームを食べてバス待ち→[午後]バスに乗ってクラクフ旧市街南側へ移動→ヴィスワ川沿いを歩き→ヴァヴェル城→聖マリア教会→カジミエシュ地区でシナゴーグ巡り
【夕食はヨーロッパスズキのフライ!】
[夜]部屋の水道管破裂で急遽お部屋のお引越し作業(笑)
7
[朝]列車で[昼]チェンストホヴァへ移動
友人と合流して→ヤスナ・グラ僧院を一緒に観光
【昼食はビール&マカロン(スパゲティ)】
[午後]友人とお別れして列車でクラクフへ戻る
部屋で水分補給してすぐ就寝(←疲れたw)
8
[朝]ミニバスで[昼]ザコパネへ移動
クルプフキ通りを散策→バスで[夕方]クラクフに戻り、再びクラクフのゲットー(ポドグジェ)地区→カジミエシュ地区でシナゴーグ巡り
【夕食はビール&鳥ムネ肉のグリル!】
クラクフ最後の夜はビールをおかわり(笑)
9
[昼]クラクフからIC(列車)で[午後]首都ワルシャワに移動
ホテルへチェックイン→ワルシャワ中央駅で明日の列車チケットを購入→友人と合流して[夕方]ショッピングモールでお買い物タイム♪
【夕食はMDMホテルそばのタイ料理!】
先に帰国する友人とはここでお別れ~(涙)
10
[早朝]ワルシャワ中央駅からIC(列車)で[昼]グダンスクに到着
駅から歩いて旧市街→黄金の門→ドゥウギ広場→緑の門→旧モトワヴァ運河→ハラ・タルゴヴァ・バザール
【港町・グダンスクで寿司を食う!】
[午後]再び運河沿いを歩き→ドゥウギ広場→大製粉所→旧市庁舎あたりを散策→[夕方]IC(列車)で→[深夜]ワルシャワへ戻る(←遠いよっ!)
11
[午前]歩いて→新世界通り→クラクフ郊外通り→聖十字架教会で雨宿り(笑)
[昼]ホテルに戻ってPCで仕事&明日のフライト情報等をネットで再確認
【夕食は、ホテルでズパ・ポミドロヴァ!】
天候回復後はワルシャワの街をぶらぶら散策
12
[昼]バスに乗ってワルシャワの空港へ移動
【空港のヴェデルでホットチョコレートを飲む!】
[午後]ワルシャワからLO便でロンドンへ移動[夜]NH便に乗り継いで→[翌夕]成田空港へ到着・帰国

移動のエアと各滞在先のホテルはすべて個人手配。ポーランドに入国してからの列車とバス移動のチケットは、現地の駅やバスターミナルの窓口に並んで購入しました。

ワルシャワの宿は「ヤン・チェチ・ソビエスキ」と「ポロニアパレス」、クラクフの宿はカジミエシュ地区の「ドム・カジミ」を選択。水道管が破裂して部屋の一部が水浸しになっても悪かった印象を感じないのは、ロケーションの良さや、言葉が通じなくても「話が通じる」人たちに恵まれていたせいだからでしょうか(笑)。

ちなみに、ホテルや主要の鉄道駅であれば、英語の通用度は高いと思われますが、バスターミナルや地方の駅、レストランなどでは英語が通じない係員も多いので、そこのところは「日本と同じくらいかも?」といった印象でした。

<2009年7月30日掲載>