2000年9月
台南の風


私が台南を訪れたのは、台湾の歴史上、欠かすことができない場所であり、それを日本の都市で例えるなら、台南は「京都」にあたる都市だからだ。台北が首都になったのは、日本が台湾を統治してからで、それまでは台南が中心地だった。台湾という地名も、もともと台南に暮らす先住民の部落名に由来するという説もあるほど。だから私は台北よりも真っ先に、まずは台湾のルーツである台南を訪れてみたいと思ったのだった。

台湾の歴史をさかのぼると、日本だけでなくオランダにも占領された時代があった。台南の運河は台湾最古の運河らしく、かつてはオランダ軍との激戦地であったというけれど、今は漁船が行き交う平和でのどかな運河になっている。この運河の対岸には、にぎやかな台南市街と比べたら別世界のような、のんびりとした安平という田舎町がある。私はそこを目指してただ歩き続けている。

ようやく見つけた飲料店でのどを潤おし、再び歩き始めると、そこはもう安平の町だった。周辺は当時をしのばせるレンガの城壁のほか、表通りを外れて路地に入ると、サンゴや海の岩石で固めた古い壁、小さな廟やレンガの家々が静かにひっそりとたたずむ風景が広がっていた。静かな上にのどか。なぜかこれが「台湾らしい」と思えてしまう自分に不思議と安堵する。

ときどき、青い空を騒がす戦闘機の爆音が、私を現実に引き戻す。ちょうど台湾と中国大陸は海峡で軍事的な緊張が高まっている時期。空から響く爆音が聞こえることも、なぜかこれも「台湾らしい」と妙に納得してしまうから不思議だった。のどかな風景との対比がよかったのかな?と思いつつ、台湾がこのまま平和でいられることを、大空を飛ぶ真っ白な戦闘機を見つめながら、私は自然と願っていた。

のどかな台南の風景を眺めていると、さわやかな風が私のそばを通り抜けていく。とても心地よい風。空気が風となって動いていることを実感する。目をつぶり、青空と風の中で、しばらく頭の中を空っぽにして深呼吸してみる。風が変わったことを感じて目を開けて、再び遠くの景色を眺めて物思いにふける。

今回の台湾旅行で、少しは台湾を知ることができるのかな。台南の景色を目に焼き付けながら、私は明日からの台北行きのことを考えていた。

<2000年10月掲載>