まえがき(28歳の時に書いたごあいさつPart1)
――人生の吹き溜まりで――


昨年の夏から、ずっと私は考えていました。道を探していたのです。これから何をすべきか、どこへ向えばよいのか考えていました。今まで通り、一緒に旅を続けるつもりでした。やがて脱落する未来が目の前に映ったとしても。しかし、その未来を許す仲間はいないでしょう。きっと悔やむことになるでしょう。だから私は決めていました。今まで機会がなかったわけではありません。それは昨年の夏でもよかったはずです。今年の夏までずっと考えていました。だけど、すぐに道は見つけられません。

* * * * *

私たち三人が時を同じくして再会したのは、たぶん、偶然で、人はそれを運命と呼ぶのかも知れません。彼は、遠くの大学の夜間部をようやく卒業し、10年振りに地元へ帰ってきていました。彼女は、大学受験に失敗し、それから地元に残って暮していました。そして私は、10年前と同じように、持病が悪化し、会社員を辞めて、実家に戻ってきました。10年もの間、三人がそろって会ったことは、今までありませんでした。そして、三人のそれぞれの様子は、噂話で語られる程度で、確かな情報は何一つありませんでした。

私と彼女は、ショッピングセンターの駐車場で話しを続けました。営業時間が終わり、お店を出ることにしたのです。お店の中では、たわいもない話しをしていました。私が車のトランクに荷物を積み終わると、彼女は私たち三人のことを話し出しました。私と彼女は駐車場で、お互いの車の側に立ち、話を始めたのです。駐車場に止まっていた車が、全てなくなるまで話しは続き、やがて、駐車場の明かりが消えてしまいました。

彼女は私に問いかけます。「これからどうするの?」 私は不安を隠しながらこう答えます。「どうなるかわからないな(笑)」 明日の病院での検査結果によっては、入院を告げられるかも知れない。もちろん、そのつもりで会社を辞めて、療養生活を始めたが、先が見通せない怖さが付きまとう。「でも、焦りは感じてないさ」と、私は言葉を付け加える。覚悟を決めたわけじゃない。どうにもならない事と、諦めているだけなのだ。成るようにしか成らない。ならば、その時になってから、ひとつひとつ落ち着いて選んで行こうと言い聞かせる。

そして、彼女は彼の話しを始めました。彼女は彼の態度が気に入らないようでした。その原因は、私が持っている不安と同じ、彼の“先の見えない不安”でした。彼女の話しから、彼は今年の夏前には帰ってきていたことがわかりました。彼は、大学時代にアルバイトで貯めたお金で生活をしていました。彼は私に、そろそろ仕事に就こうと思うと、先日、私に話しています。そのことを私は彼女に話しました。「あいつ、金が尽きてきたんだな」彼女は少し呆れたように言葉を漏らしていました。私は彼女が彼の事を想っての言葉として受け止めて、私は黙って彼女の言葉を聞いていました。

10年前、彼は遠くの大学へ進み、彼女は受験に失敗しました。春になり、彼は彼女に、何度か電話をかけていました。そして彼女は、彼にテレホンカードを送りました。彼女は私に、幸せそうに話していました。決して華やかではない、それは静かな幸福の話しです。やがて、彼女は遠くにいる彼に会いに行きました。私はそれを応援しました。ある日、いつものように、彼女は私に話し出しました。でも、それは悲しいお話しでした。私は黙って彼女の話しを聞いていたのです。

やがて、彼女は自分の話しを始めます。三人が会わなくなってから、今までの事を話し出しました。それはとても断片的なものでしたが、私たち三人が再会するまでの、彼女自身の出来事を話し始めました。あれから恋愛に失敗した事も、家庭内のいざこざも。私は初めて聞くことばかりです。10年来、とてもクールで姉御肌の彼女の印象から、私はこの事が信じられずにいました。彼女は、家庭内の確執から、今の仕事を退職する機会を利用して、一人で暮してみようと考えていました。その事を彼女は家族への“復讐”と呼んでいました。男の私から判断すると、ささいな事からの確執でしたが、女の彼女としては、許せない出来事だったのです。私は平静を装い、黙って話しを聞き続けました。私には痛い程、その気持ちはわかったつもりです。私は10年前に家を飛び出しました。彼女とはケースが違うのだけど、私の家庭にも確執がありました。私は、あの時の気持ちと重ね合わせていたのです。

彼女は、再び彼の話しを始めます。そして、唐突に彼女は「彼といるのが、いちばん楽なんだよね」と、私に何かを問いかけました。私は言葉を口に出すべきか一瞬迷いましたが、その言葉を飲み込みました。彼女は言葉を続けます。彼女が復讐として家を出る時期と、彼が現在、居候している家から出る時期が同じになるだろうと彼女はにらみ、「いつの間にか彼と一緒に住み出して、いつの間にか結婚してしまいそうで、何か嫌なんだよな」 私は彼女にこう答えます。「もしそうなったら、それは、成り行きで仕方がないことだなぁ(笑)」 私はそれから黙ったまま、彼女の問いかけを聞き続けました。そして、ずっと戸惑っていました。彼女の問いかけの言葉は、魔法を解く呪文を待ち続けているようなものでした。ここで私が何かを言ってしまえば、どうにでもなってしまうような、危い雰囲気が感じられました。だから、私は戸惑っていました。何かを口にすべきかどうか。

私は彼女との会話を断ち切る機会をうかがいました。彼女の問いかけに対して、これといった答えが出せないと思われたからです。いくつかの有効打を出すこと出来るかも知れませんが、決定打を出すことは出来ないだろうと。そして、何よりも、私の一言が、それこそ運命を決めてしまう可能性を恐れたのです。こう思う私は自意識過剰なヤツと、自分自身に言い聞かせましたが、それでも私は恐れたのです。

夜もすっかりふけ、私と彼女は明確な会話の終わりがないまま別れます。話しを切り上げた後、彼女は私にこう言います。「あなたも私も彼も、ケースは違うけれど、似た状況にいるのね」先の見通せない不安は、私たちに確かにあります。でも、実は誰にでもあることだと私は思っています。ですから、私は彼女にこう答えます。「人生の踊り場にいるようなもんさ」いわゆる、人生という階段の途中にある、広くて平らな場所。たまたま三人は、同じ踊り場で出会っただけ。そして、再びそれぞれの階段を登って行くだけさ。すると、彼女は笑いながらこう言った。「私たちは、吹き溜まりにいるのね」偶然という風に吹き寄せられて、たまたま三人は一ヵ所に溜まってしまった。なるほど、その方が私たち“らしい”かも(笑)。

三人が再び出会うまで、いろんなことがありました。知り方はいろいろですが、少しずつ確実に、いくつかのことを知りました。例えば、あらゆることに適切であろうというルートがあるならば、世の中には二通りの人がいる。ルートを外れようとして外れられない人と、通ろうとして通れない人がいることを。そして、もっと大切な事を知ったつもりです。それは例えば、ある絶望から、どれだけ遠くへ行けるのかという試みのことです。そして、それは、もうひとつの旅立ちの試みでもあったのです。その後はどうすればいいのだろう。旅立ちを賞賛し、その可能性を歌い上げるのは、たやすくやさしい。私は、その後が知りたいのです。決して語られることのない、その後が知りたいのです。

<1999年9月掲載>